大正時代
右から2台目東の丁の屋台は反りが浅く梵天がついていない、金綱は当時は紺であったようである。綱は今はない「めんた結び」になっている。右から4台目も反りが浅くめんた結びになっている。
昭和初期中筋の屋台
昭和27年菅公1050年祭の屋台練り合わせ。
中筋と南ノ丁が練っている。今と比べて梵天が小さいようである。少し解りづらいが、奥の屋台の提灯は「万燈祭」の文字になっている。
昭和27年菅公1050年祭西ノ町の屋台。 布団屋根に国旗を立て、提灯は日の丸と奉祝の文字。以前は国恩祭には村々で家に国旗を立てていた。
昭和27年当時の曽根の町の様子が良くわかる。住吉神社から住吉橋を写した写真。現在の国道250号線(浜国道)。当時としては曽根の町がかなり開けていたことがうかがえる。
昭和49年
前にいるのが曽根東ノ丁、後ろが中筋西のようである。場所は神社の西側の通り